20070608

[表現]辛酸なめ子『自立日記』

辛酸なめ子『自立日記』文春文庫PLUS

教養を無駄遣いしている感が文章に表れていて面白い。サブカル好きにはもちろん、普通の人にも面白く感じてもらえる路線。離人的な文体で日々の雑感を綴る。「毒を吐く様が面白い」と評価されているようだが、面白いのは毒そのものではなくて彼女の「想像力」といったところ。彼女の使うボキャブラリーや比喩などからそのことが窺える。ボキャブラリーや独特の比喩を駆使できているため、辛酸なめ子の文章は面白く感じる。香山リカの『多重化するリアル』ではないが、離人感覚を笑いにうまく転化している、という印象を受ける。



P161
[内臓日記]
「腸が激しく蠕動している。今日は腸の調子がいい!テルペン化合物のおかげか?チャンス到来とばかりに括約筋をゆるめ、#8B4513色をした固体を外界へと押し出した。すると同時に、胃液の漏出も活発になり、急激に空っぽの空間に物を欲し始めた。
    (略)
 賑やかな消化器官とは対照的に、子宮には穏やかな時間が流れている。
 ここ最近、子宮には特に大きな仕事がない。凪の時期はいつまでつづくのだろうか?これを不満に思ってか、たまに自分の存在を知らしめるかのように二本の腕のごとき卵管を震わせ、絞り上げるような痛みを発生させる。」

P42
「途中、おじさんが船頭のおじいさんに向かって、「舟を漕いでいる竹竿が折れたら、どうするんですか?」という素朴な質問を投げかけた。船頭は、「その場合、自分のサオで漕ぐから大丈夫です」と即答した。おばさんたちは「あ~らぁ、ウフフフフ」と嬌声と笑いが入り交じった反応を示した。わたしも一緒に笑いたかったけれど、この場合未婚の娘として求められるとおり、困ったような笑いを浮かべ、顔を赤らめてうつむくことにした。または、首をかしげて「サオって何のことですか?」と聞いてみても良かったかもしれない。」

P44
「ケーブルカーで登る途中、線路脇の草刈りをしている年配の男性が、その女乗務員と目が合った時、ニヤッと笑いかけた。その笑いは「お前の体を知っている」または「昨晩は最高だったよ」と語っているようで、のどかな遊園地に似つかわしくない淫靡なものを感じた。」

P49
「仕事中も構わず蟻がどんどん脚に登って来るので、全然仕事にならない。蟻を手で払いのけたら手にじかに「アリ」という感覚が伝わり、脳天まで突き抜けて行った。ヘレン・ケラーがサリバン先生と水に手を触れて、「Water!」とひらめいた時のような衝撃だった。アリをさわって「アリ」という感覚がするのは言霊の力なのだろうか。」

P70
「(エレベーターの)「開」ボタンを押して、営業マンの笑いがはがれ落ちる瞬間を見たい衝動にかられた。しかし、そんなことをしたら、自分が傷つくだけだと思い直してやめた。」

P71
「なんでもあなたについて話してごらんなさい」とサムは言いました。なので、嫌々ながら年齢や職業や住んでいるところについて話しました。不思議なのは、わたしが何か英語で言うたびに、サムは「Great!」「Exellent!」と、かすれた声で賞賛の言葉を投げかけてくれるのです。まるでここは英会話教室ではなく、一種の風俗のようです。何の目的もなく他国の言葉を学ぶのは、その国の文化を侵犯し、レイプするようなものなのかもしれません。これは、お金で買った言葉によるプレイという感じがしてきました。そう思うと授業料も決して高くありません。」

P74
「わたしがイラストなどを書いていると言うと、「じぁあ、世界で活躍できるといいですよね、ジミー大西みたいに!」などと言うのです。ジミー大西という名前は、もしかしてわたしのどこかに彼を連想させるものがあって出て来たのかと思うと、ちょっと女として暗い気分になりました。」

P87
「従業員は全員ボーダーの服を着ていました。フランス文化にとらわれた囚人であることを象徴しているようです。」

P98
「その原因は、ゴツゴツしたガーリックの破片だった。塩辛くて酸っぱい、そしてニンニク臭い!という、今までにない組み合わせ。たとえるなら、男子校に入学したばかりの痩せた美少年に目をつけた、ラグビー部のガッチリした男臭い上級生が、放課後、新入生を呼び出して何の前触れもなしに、突然唇を奪ったような衝撃。酸っぱい男の汗、汗以外の液体、精と青、そんなものをすべて包んだようなヨーグルトだった。最初はただびっくりさせて、それがだんだん病みつきになるような危険な魔力を秘めている。題して「おれの味を忘れられなくしてやるぜ」。」

P165
「代々木上原のペットショップで、かわいい犬が売られていた。かわいさと媚を全身で表現し、娼婦のように「買って」光線を発していた。」

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